‘’石炭’’が創る水素社会の未来。脱炭素で嫌われ者の石炭、復権あるか?

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豪ビクトリア州は褐炭の埋蔵量が豊富。

9月5日は石炭の日(クリーン・コール・デー)。1992年、通商産業省(現:経済産業省)が呼びかけ、日本石炭協会や日本鉄鋼連盟など8団体が制定した記念日で、石炭をクリーンなエネルギーとするための技術開発に取り組んでいることをアピールする。経済的で供給安定性に優れた石炭は、火力発電の燃料などとして用途を広げてきたが、温室効果ガスのCO2排出が多く、近年では使用に逆風も吹く。それでも国内では技術を駆使して石炭のさらなる活用法を模索する動きがあり、とくに水素社会との融合に向けたプロジェクトは国際的にも高い関心が寄せられている。かつて黒いダイヤともてはやされた石炭。再び輝きを取り戻す日はそう遠くないようだ。

環境か利便性か、消費はいまだ拡大中

石炭はワットの蒸気機関が発明された18世紀後半から利用が本格化し、日本を含め世界中で文化的な生活や工業化をけん引してきた。昨今の地球温暖化議論の高まりとともに、燃焼時のCO2排出の多さが問題視され、英国など欧州を中心に石炭火力発電からの脱却が声高に叫ばれるようになった。「地球のために、多少不便でも太陽光発電など自然エネルギーで賄えばよい」といった意見が台頭する。

一方で、国際エネルギー機関(IEA)が今年7月末にまとめた報告書によると、2022年の世界の石炭消費は約83億トンと前年比で3.3%増加。欧米では減少しているものの、アジア圏、特に大消費地の中国とインドで大幅に伸びているという。23年には消費量は過去最高を更新する見通し。ロシアのウクライナ侵攻などエネルギーをめぐる地政学的リスクは欧州地域でも強まっており、石炭の消費抑制は一筋縄ではいかない情勢だ。

日本では石炭火力発電所が全国に90カ所余りあり、発電用の石炭消費量は年間1億1000万トン程度。環境省の調査では、2018年度の温室効果ガス排出量のうち約22%が石炭火力発電に由来しているという。このため、旧来の石炭火力よりも高効率な超々臨界圧(USC)火力発電、先進超々臨界圧(A-USC)火力発電など次世代技術の開発を日本がけん引してきた。ただ、多くの国が温室効果ガスの排出を実質ゼロとするカーボンニュートラルを目指すなか、別のアプローチが期待されるようになっているのが実情だ。

革新的な取り組み「褐炭から水素」を生成

この点で今、最も注目されているのが石炭から次世代エネルギーとして期待される水素を作り出す革新的な取り組みだ。「未利用褐炭由来水素大規模海上輸送サプライチェーン構築実証事業」がそれで、経済産業省や国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、電源開発、川崎重工業などが参加、褐炭の産地である豪州政府なども協力する国際的なプロジェクトとなっている。

褐炭は石炭の一種だが、重量比で半分程度も水分を含み、石炭化度の低い’’若い石炭’’だ。比較的浅い地層から産出するため、露天掘りで安価に採掘できるが、火力発電に用いると燃焼効率が悪くCO2排出も多い。さらに乾燥すると自然発火したり粉塵爆発の可能性もあるなど、輸送を含めハンドリングが難しい側面がある。埋蔵量は膨大だが、ドイツや豪州などの一部で活用されているに過ぎない。本プロジェクトを通じて未利用資源である褐炭の有効活用が注目されている。

石炭には、褐炭より石炭化度が高く、高カロリーで火力発電の燃料や製鉄用コークスの原料として使われる「瀝青炭」と、石炭化度が最も高く炭素の比率も高い「無煙炭」がある。日本に輸入される石炭のほとんどが瀝青炭だ

99.999%の高純度水素、豪州から神戸港へ

褐炭から水素を取り出すプロセスでは、電源開発などが長い年月をかけて開発、確立してきた「酸素吹き石炭ガス化技術(EAGLE炉)」が用いられる。電源開発の火力エネルギー部計画室(水素エネルギータスク)の中村仁礼(なかむら・とよゆき)総括マネージャーは「褐炭を細かく粉末化したのちEAGLE炉の中で蒸し焼きにして一酸化炭素(CO)を中心とするガスとして取り出し、別の反応器に誘導。触媒存在下で水と反応させると水素とCO2が生成される。さらに物理吸収液(ポリエチレングリコ―ルジメチルエーテル)と呼ばれる特殊な材料でCO2だけを分離回収することで、高純度の水素を得る」と説明する。

ガス化設備で褐炭を蒸し焼きにした場合、一酸化炭素(CO)などのガスが取り出されると共に、灰分も炉内で1,000℃以上に熱せられ溶融し、反応性の低いスラグとして回収される。

蒸し焼きにする際、燃焼ガスとして空気ではなく酸素を用いることで濃度の高い一酸化炭素(CO)等を取り出すことができるのが酸素吹きの特徴。「炉内の温度計測などは難しいが、灰が溶ける温度になるように最適な量の酸素を供給し、効率的な運転が可能となった」(中村氏)

プロジェクトの一環として2015年度から、電源開発や川崎重工、岩谷産業などが参画した技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA;ハイストラ)を中心に、豪州政府、豪ビクトリア州政府、日本政府などが協力する形で褐炭由来水素を含む液化水素のサプライチェーン実証試験が行われた。

ビクトリア州南部、ラトロブバレーにある褐炭の露天掘り炭鉱近くに、一日処理量数トン規模のパイロット設備を設置。採掘されたばかりの褐炭から水素を取り出す試験を繰り返した。「褐炭には古代の木片や植物繊維などが多く含まれ、それが微粉末化の妨げとなる。不純物の除去技術など、多くの技術課題が見つかった」(中村氏)。取り出された水素は精製され、純度99.999%の「ファイブナイン」を達成、燃料や工業原料として広範囲に活用できるという。

そして、豪州で生成した水素をマイナス253℃で冷却・液化したのち、2022年2月には川崎重工が建造した世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」に積載して日本の神戸空港島にある液化水素荷役実証ターミナル「Hy touch 神戸」まで輸送し、その利活用として神戸水素コジェネレーションシステム(神戸水素CGS)へ供給・水素発電実証を実施した。また、トヨタ自動車が独自開発の水素エンジンでエントリーした耐久レース車両の燃料の一部としても使われた。

こうして豪州の褐炭由来水素を含む液化水素を海上輸送し、陸上の荷役基地で貯蔵し日本で使用するという一連のサプライチェーン構築の実証に取り組んだ。同4月に神戸で行われたプロジェクトの式典には、岸田文雄首相も出席するなど、関心の高さをうかがわせた。

世界初の液化水素運搬船「水素ふろんてぃあ」

CO2排出マイナス’’ネガティブエミッション’’に挑む

「今回のプロジェクトではトータルでCO2排出量をマイナスにする’’ネガティブエミッション’’を目指す」と中村氏。褐炭から水素を取り出す際に発生するCO2は、将来的には豪州政府、ビクトリア州政府が取り組むCCS(CO2分離回収・貯留)事業で処分し管理してもらう計画。発生するCO2の90%程度は除去できるが、そのままでは10%程度のCO2が排出されることになる。

EAGLE炉では褐炭と似た性質のもの、例えば間伐材や木くずを固めたバイオマス燃料などを同じように細かく粉砕・混合して蒸し焼きにすることが可能。バイオマスは光合成により大気中のCO2を取り込んでいるので、燃焼時のCO2の排出はプラス・マイナスゼロという扱いになり、バイオマス由来のCO2もCCSすれば、トータルのCO2排出量をさらに減らすことができる。

仮に褐炭にバイオマス燃料を10%混合すれば、カーボンニュートラルになり、10%を超えるバイオマスを混合すればネガティブエミッションが実現できるわけだ。

豪ビクトリア州で建設した褐炭ガス化水素製造のパイロット設備

日本は以前から水素利用技術では先行しており、政府は2017年、世界で初めてとなる水素の国家戦略「水素基本戦略」を策定。これに歩調を合わせるように、官民連携しながら水素にかかわる研究開発が加速しつつある。燃料電池や水素自動車のほか、コークスの代わりに水素で鉄鉱石を還元する水素製鉄など、まとまった量の用途も広がりそうだ。一方、水素の製法としては再生可能エネルギー由来の電気による水の電気分解のほか、天然ガスなどからの改質も検討されているが、コスト高や中東依存の地政学リスクが変わらないなど課題が残る。安価で埋蔵量が豊富な褐炭から水素を取り出す試みは、様々な課題をクリアする極めて有望な手法だ。軌道に乗れば、日本はエネルギーや環境問題に関する国際議論をリードする存在になりうる。「環境対策で廃止される褐炭火力発電所の代わりに褐炭水素プラントが雇用の受け皿になる期待もある」(中村氏)

電源開発では2030年ごろをめどに、商用規模プラントを豪州に建設、年間3万~4万トンの水素を製造する計画を進めていくという。

固体吸収材でCO2分離回収、米試験も始動

石炭利用では多くの場合、燃焼時やガス生成時のCO2排出がネックとなる。このため、高効率で排ガスからCO2だけを分離する技術開発が進められてきた。なかでも注目されているのが川崎重工などが進めている固体吸収材による分離回収技術だ。

現在、液体アミンを吸収材とする分離技術が主流となっている。これに対し、川崎重工はアミン固体吸収材を独自に開発。従来手法と比較して低温蒸気によるCO2の分離・再生が可能なため、より省エネルギー効果が得られるという。

同社と一般財団法人カーボンフロンティア機構は共同で2023年5月2日、米ワイオミング州ジレット市のDry Fork石炭火力発電所に隣接するIntegrated Test Center(ITC)において、固体吸収材によるCO2分離回収技術実証試験設備の起工式を行った。設置した設備でDry Fork発電所からの排ガスよりCO2を分離回収し、その際のアミン由来の物質の環境影響評価試験などを実施するという。固体吸収材によるCO2分離回収技術を用いた世界初の環境影響評価試験となる見込み。今年10月末に設備の建設、試運転を完了し、11月から環境影響評価試験を実施するという。

成果は、既存石炭火力発電設備の脱炭素化や、未利用褐炭由来水素大規模海上輸送サプライチェーン構築実証事業のような次世代技術の高効率化につながりそうだ。

産経新聞ニュースより抜粋

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